2026/04/12
4/12 人の死
ここ日本でも年間160万人亡くなっているとラジオ番組のアナウンサーが言っていた。
最近街をあるいていても、車で移動していても、周りの人はみんないつかいなくなるのにってかんがえたりして。
つまり、世の中には 死んだ人の方が圧倒的におおくて、そのひとたちが残した何かの上で自分たちはわずかな期間生きているのだと、ぼんやり考えている
借家のここだって以前住んでいた人はもう死んでいるのかもしれないし、ここで最後を迎えたのかもしれない。それも幾人も。賃貸している事務所は100年の歴史ある物件だし、同じ階の弁護士さんはある日突然亡くなった。空き室になったそこはいま、若者が楽しく使っていてその悲しみや失望感といった事実を知ることはないんだろうし、ましてや敬意を表すこともないんだろう。
これまでも知り合いの霊前に手を合わせ、別れを惜しんできた。でも父の死が自分へ考えさせるものは、これまでとずいぶん違うものだった。自分自身、父の死に接し、はじめてそんなことを考えている。
家主不在となった建物や部屋、椅子や食器といった物たちはすべてその存在理由すら見出せずにそこにある。
ふと思う、生かされている自分のためにしかならないけれど、父の身の回りの品を記録しておくのはどうだろうか。仕事道具など。手の跡ののこる道具は父の生きた証。写真はそういったことを紙の上に再現することに長けており、手の中へ収まる規模へ縮小できるだろう。
2026/04/03
4/3 ちいさく療養
一昨日の夜から喉の痛みがでてしまって、翌日病院へ行ってみた。コロナは陰性、ところが溶連菌に反応ありとのこと。「忙しかったんだねっ」安静にして疲れをとるようにいわれた。
症状のでたその日は実家の水道管を二ヶ所交換修理して風呂と洗濯が使用可能にして、シンクの棚の中をせいりしつつねずみの侵入口をつきとめて、裏の雪割をして、衣服の整理などもして。まぁまぁがんばった。それから工場にあるマサカリを訪ねてき来てくれたH氏へ形見分けできた。前日、前々日も初めての方々との撮影で緊張してたし。
そんなわけで、昨日の午後から今日は安静にしてみている。喉のいたみは和らいできた。
