2026/07/08

7/8  長辺2m

 先週のロケ以前にお話をいただいていた件に、この一週間かかりきり。2メートル幅のプリント。。。可能なんだろうか。

先生に提案した中から、絵柄は決まってきた。全てHシリーズで撮影したものとなるので少し安心。

この数日は、事務的な作業に加え、作品仕様の検討、過去作品データの検証と、再制作、試行錯誤の新規制作、最終的なレゾリューションと精細感の判断など進めていた。 

300dpi  23623×11812pixel  16bit TIFF   一枚の画像データが2GB近くある...、このままで運用していいのだろうか。

ここの事務所では長尺プリントは無理だし、ディスプレイで見ていてもプリントだとまた感じが違うし。なので、手持ちのB4用紙に部分ごとに出力したものを6枚繋いでみる。四作品分だから合計24枚。ん〜、三作品は満足。一作品はデータの再制作決定。追加で、8枚出力して、なんとか漕ぎ着いたまで到達。あとは最終メディアでの色やトーンの判断を残すところ。そして諸々返事待ち。。

そして、ようやくロケで撮ってきた準作品に着手した。



2026/07/07

7/7 サマーセールに乗っかってみた

いつからだっただろう。ディスプレイを二台並べて使っている。一台はCS2740もう一台はCG242W 

キャリブレーションとっているのでまぁまぁ色味は合うんだけど、解像度がだいぶ違うし、表示の安定には点灯後しばらくかかるし、っていうことで更新したいなーって思っていた。

この春あたりまでeizoダイレクトにあった2740の旧型処分品はすでになくなっていたのは気づいていて、まぁそんなもんだよね。

ロケ仕事とかあって最近朝早いので、起きがけにネットクルーズしていたら、 EIZOダイレクトのサマーセール発見! 結構安いぞ。 で、ヨドバシでも買えるのか見てみたら、買えます。しかも値引き金額に、12%のポイントバック! 断然ヨドバシだわ。7/31まで。

10600時間使ったCS2740の相棒として、CS2740zを招き入れた。そして、CG242Wのインフォメーションをあらためてみると18000時間 ここで退役、今までありがとう! 


2026/06/17

6/17 SL2用

SL2用に購入してよかったもの。

aliで取り寄せたef-L 接点なしアダプター。不満があるとするとL側の装着がきつい。ただそんんなこと言っていたらきりがないから気にしない。これまで接点付きのfotodioxを使ってきたんだけど、そもそも接点なしのレンズには接点なしのアダプター相性が良かった。これで、手持ちのRレンズに加えてC/Yが蘇るかも。(さっそくRレンズで小樽をとってみた)(C/Yで近所の山をとってみた)

失敗だったかもっていうもの。

viltorox の  EF-L pro マウントアダプター これ、持っているものとあんまりかわらなかった。願わくは4k収録のバッテリー問題はマウントアダプターによって改善しないだろうかってところだったので。結局ZFレンズで4K撮影時に出る電源アラートによって収録不可。これはアダプター換えることで数分の違いこそあれ、まぁ、同じでした。残念。良い点はcanon純正EFレンズはきちっとAF-Sで動く。fotodioxでは不可解な動きが多く使えるものではなかったので。


2026/06/10

6/10

このところ毎月38度後半みたいな熱になやまされ、たいちょうはすぐれない。

ただ、いろいろ不安定だけど、なんとかやっている。これも数少なくなった周りの人のおかげだとおもう。

最近、動画の理解を深めることを試みている。例の ISOBE スクールもそうだし、カメラのハンドリングや、編集や、音のこととかまで。ノートとりながらいろいろ考えてみている。


2026/04/28

4/28 分骨

あれからしばらく経った。

結いを解いて、蓋を開けた。
それにしても、あの壺一杯に上手く押し込んでくれている。最後は頭骨でしめている。焼き場の担当者さんは上手にやるものだ。
体型によって骨壷のサイズは違うのだろうか。。体格のいい人だったらこの中には収まらないのではないだろうか。。

そっと小さめの一部を取り出しわずかに分骨した。全体は5月に合同納骨堂へ。そして分けたものは来たるべき時の散骨に向けしばらく保管する

2026/04/12

4/12  人の死


ここ日本でも年間160万人亡くなっているとラジオ番組のアナウンサーが言っていた。

最近街をあるいていても、車で移動していても、周りの人はみんないつかいなくなるのにってかんがえたりして。

つまり、世の中には 死んだ人の方が圧倒的におおくて、そのひとたちが残した何かの上で自分たちはわずかな期間生きているのだと、ぼんやり考えている

借家のここだって以前住んでいた人はもう死んでいるのかもしれないし、ここで最後を迎えたのかもしれない。それも幾人も。賃貸している事務所は100年の歴史ある物件だし、同じ階の弁護士さんはある日突然亡くなった。空き室になったそこはいま、若者が楽しく使っていてその悲しみや失望感といった事実を知ることはないんだろうし、ましてや敬意を表すこともないんだろう。

これまでも知り合いの霊前に手を合わせ、別れを惜しんできた。でも父の死が自分へ考えさせるものは、これまでとずいぶん違うものだった。自分自身、父の死に接し、はじめてそんなことを考えている。

家主不在となった建物や部屋、椅子や食器といった物たちはすべてその存在理由すら見出せずにそこにある。

ふと思う、生かされている自分のためにしかならないけれど、父の身の回りの品を記録しておくのはどうだろうか。仕事道具など。手の跡ののこる道具は父の生きた証。写真はそういったことを紙の上に再現することに長けており、手の中へ収まる規模へ縮小できるだろう。


2026/04/03

4/3 ちいさく療養

一昨日の夜から喉の痛みがでてしまって、翌日病院へ行ってみた。コロナは陰性、ところが溶連菌に反応ありとのこと。「忙しかったんだねっ」安静にして疲れをとるようにいわれた。

症状のでたその日は実家の水道管を二ヶ所交換修理して風呂と洗濯が使用可能にして、シンクの棚の中をせいりしつつねずみの侵入口をつきとめて、裏の雪割をして、衣服の整理などもして。まぁまぁがんばった。それから工場にあるマサカリを訪ねてき来てくれたH氏へ形見分けできた。前日、前々日も初めての方々との撮影で緊張してたし。

そんなわけで、昨日の午後から今日は安静にしてみている。喉のいたみは和らいできた。