2018/09/20

9/20 たしかに痛みがひどい

午前0時には麻酔が切れてきたようで左眼、左手のしびれもとれてきた。
3時、序序に痛みだし5時ころから最大限かもしれない痛みに耐えていた。
点滴でやや改善するが、昼すぎまで鈍痛。
午後、坐薬をしてもらい痛み止めが効いてほっとした。

k氏が入院前の情報として体験談をはなしてくれていたが、これなのか。。。
痛すぎる。。。。


2018/09/19

9/19 手術

6時前起床。
今日も晴れた。

緊張。
昨日この部屋に入ったときから置いてあるスケジュール記載の紙がある。

18日 20時 下剤二袋服用
19日 0時以降食べ物禁止(以降お茶・水のみ)
19日 10時から飲み物禁止
19日 11時 点滴開始
19日 13時 手術室入室

便はでたかと何度も確認され、
時間になったら帽子をかぶって自分で歩いて入室します、と。

ひんやりした部屋に青い手術着の人たち数名が待っていた。
2−3段登り、自力で台に仰向けになる。
見覚えある麻酔科の女医さんが、周りへの指示とわたしへの説明をしてくれ、
点滴、心電図をつけられ口元に酸素ですってマスクをあてがわれ。。。

意識がもうろうとしているなか、部屋に戻ったよう。
看護師さんが自分に声をかけながら覚醒させ、病衣を着せてくれているみたい。
もう終わったんだ。



三時過ぎている。けっこう時間かかったみたいだ。






2018/09/18

9/18 入院日

連休の良い天気だったが、今日も晴れ渡ってる。

ついに入院日。
7月4日から痛みに耐えてきた。
約束の10時入り。
受付済ませると二階の病棟へ促される。

ここが何日かお世話になる部屋かぁ。
さて、退院までここで何が出来るだろうか。
手つかずのイメージデータや未読本を持参したのだが。




2018/09/16

9/16

入院前日・・
落ち着かない。
しかし、小樽での写真展と小樽の町歩きを。

2018/09/09

9/9 昨日の夕日

きのうのゆうひはいつになく...
これも大地の揺れた影響なのだろうか..
余震はまだつづく


9/8  182555


2018/09/08

9/8 新千歳空港

「チェックイン済みで預け荷物のある方はこちらです」本来の場所から遠く離れたところまで荷物預けの人が列を作っている。
一つの荷物を預けるためにそこに一緒に並び小一時間かかった。
東京から北海道へらしていた叔母を見送りに空港へ行ったが、中はいつもとまるで違う雰囲気。冷房弱々しく、人も多い。
床に座り込んでいる人、そこで寝ている人。販売店ブースはシャッターが降り、航空会社カウンター前は人でごった返していた。早めに空港へ来たのはよかった。
14時台の飛行機だがお昼頃には搭乗口へ見送り完了。






2018/09/07

9/7 入院〜手術日

昨日8時台に見知らぬケータイからの着信。
こんな混乱気味の最中、自分が入院を予定をしていた病院の看護婦さんからだった。
「病院も電気がきておらず対応出来なので、今日はこないでください」と。
対応は目処がつき次第連絡しますとのことだ。大きな災害の中、早きの連絡ありがたい。
それにしても二ヶ月もなんとも言えない夜どうしの痛みに耐えてきたのに、なんということか延期だ。なんだろ今期自分はついていないのだろうか。。

今日は防災グッズとカメラを背負って12km歩いてきた。
市内の被害は小さいようで目に見えるものはない。
給水ポイントができていたりする一方、店という店が閉店している。停電のダメージが大きいようだ。ところどころの渋滞はガソリンスタンド。営業している店はどこも長蛇の列となっている。

波打ってしまった道路は既に復旧が始まっている。はやい。





2018/09/06

9/6 大地震から停電長期戦か

3時少しの大きな揺れとスマートフォンのけたたましい警戒音に飛び起きる。
まずい。すごい。揺れが。
揺れながらへやの中をあるき、照明をつけ、閉じ込められないように玄関の鉄製のドアを開け、ガス栓を確認。それからないをどうしたいたか記憶にないけど、
さいわいなことに家具が倒れたりする前に揺れはおさまった。一分もなかったとおもうが心臓も感覚もそれからずっとどきどきしていておさまらない。
スマホの情報を見る。震源は苫小牧方面らしい。

廊下に出てきた同階の人と声を掛け合う。
お互い無事だ。
よかった。

水を溜め、傾きかかったものを直し、避難セットを確認したりしていたころだとおもう、部屋が暗くなった。廊下はついているのに部屋の電気は落ちた。
停電がくる。おそらく廊下もそのうちにとおもったすこしあとやはり消えた。
ベランダから見える街もくらくなった。
まだ3時半前くらいだったとおもう。

避難セットから懐中電灯と手回し充電機能付きのラジオを取り出しつけてみる、大丈夫動く。ラジオから地震についての情報が流れてくるがやはり随分大きな規模の地震のようだ。いくつか余裕があることを確認し、同階の車いすの住人と8階の90代のおばあちゃんにこえを掛けラジオ聞くんだよとか言いながら懐中電灯をひとつづつわたしてきた。
その間も余震はつづき、その度にゾッとしていた。
やがて水も止まる。

部屋にもどって少し落ち着くと不安になり、
熊本の震災を振り返る。
28時間後の本震とある。
余震であれ本震であれ、今以上の揺れも想定しておかなければならないということがわかる。

こぼれた水槽を片付け、落ちたものの整理やこれから落ちそうなものの移動をあわただしくすすめる。

電気が止まると全てのことが出来なくなるんだと改めて知る。
灯りがつかない。
モデムなども作動しないのでネット不通。
給湯器が動かない。(冬ならストーブも点火できない、、)
高層物件は上層タンクくみあげなので水も止まる。
冷蔵冷凍機能もダウン。。
インターホンも鳴らず。
電気製品だがつかえるものは電池式。
電池で動くラジオ。
電池の懐中電灯。
充電されたスマホやケータイなどの機器。

揺れてから2時間くらいで日が出てきた。明るくなって少し安心できる。
停電の原因は発電所にあるらしく、長期戦になりそう。

8時、事務所のかだずけに出かける。
棚の崩れや本が落下はしていたが、被害は少ない。
二次被害のなきよう上のものを降ろす。
これで少しは安心できる。

発生日夕方街を歩いてきた。
ススキノは真っ暗で不気味。そんな中大勢の人が歩道を行き交う。
外国人旅行者が多い。
皆ホテルに入れないのだろうか、それとも狭く暗い部屋より人の多い路上の方が安心なのか。









2018/08/02

2018/07/04

7/4 転倒事故

昼下がり、森をあるき車に戻る直前にやってしまった。
両足が浮いた。。
下は岩盤。。。

肩と腰を強打してしまった。
やばいくらい痛む。
特に肩が。




2018/07/03

7/3 キリヤッカラルーキキラ



雨の中ドライブだつたが。2時間ほどでトゥルク。
街にはいる少し前から雨はあがった。
まずは西端の城トゥルク城へ。
小さな丘に建つ石造りの建築だ。

市場をのぞく。

職人の村へ。

すでに夕方にかかっていて、ここから40−30分だろうか、まずは
東へ戻ったところのsaloの街へ。そこから南下し今晩の宿キリヤッカラルーキキラへ。
移動途中で、チェックイン時間に間に合わないことに気づく。慌ててExpediaのメッセージを使い到着が遅れる旨の連絡を宿へしてみた。運が良いのか完成されたシステムだからなのか少しの後宿から返事が、まだしばらくここにいるから安心してって書かれている。
ほっとした。

それでも細めの町道のような対面通行の舗装道路をそれ細い未舗装路に入る。みどり深い森へすいこまれるように、それでも慎重に車を走らせた。
なんとも言えない緊張館。

teijo国立公園内のホテル、キリヤッカラルーキキラは、管理棟といくつかの離れが森に点在するコテージスタイルとでも言う作りで、自然の中でゆっくり休めそうな雰囲気満点。
その内一番管理棟から遠い一つを案内された。すてきな宿だ。

7/3 europcar

ヨーロッパでレンタカー。
はじめてのこころみにどきどき。

BMW 318i わぉ、キレイ。
走行距離わずかの新車に近い。
こーいうのじゃなくてぼろいのでいいんだけどなぁ。。

これから左ハンドルで初ドライブ。


2018/06/29

6/29 ミーティング


6/29
広告写真家協会の会合は枝幸の料理屋札幌すすきのにて。
いやはや、また呑んで余計なことをしゃべりすぎてしまった。。
しかし、なんか良い方向へ舵をきらなくちゃならんのは資料をみていて感じる。現状把握と早い判断、決断が求められるようだ。

2018/06/28

6/28 留萌まで


なぜだろう、ふたたびオロロンライン。
留萌。
石狩の原生花園、厚田周辺の花撮影。
昨日は良かったという留萌港のマメイカだが今日はさっぱりだという。群れは出て行ってしまったのか、北をめざして。
四ハイほどをペペロンチーノ用に捕獲。

シドニー以来のイカ釣り〜。

2018/06/22

6/22 エリモ

夜通し走って。
エリモは遠い。。
これから岬をまわってその先の沼を目指す。

2018/06/20

After the Snowstorm / ゆきのあと



Japan style hand binding book  "After the Snowstorm" material is Washi.
so this size 210×297mm, Edition 30 only. 
Edit at the 30 winter plants images and 30 indigenous Ainu words.
Capture in HOKKAIDO all photograph. 

和紙プリントを和綴じしたハンドメイド写真集 "ゆきのあと"  A4サイズ、エデイション30の限定。
北海道で撮影された30の冬の植物と30のアイヌの言葉で編集。

100.00USD

Order by e-mail.
Please, from my website information from e-mail
問い合わせはwebのインフォメーションよりe-mailにて

2018/06/16

sarobetsu / 16 Jun



オロロンライン。
石狩〜留萌はワインディングが連続、小平を過ぎ苫前、羽幌初山別、序序にストレートラインが増え、手塩からの道道までくると人工物が一気に無くなりひたすら直線舗装道路がつづく。来たな、と感じる。
北海道はすばらしいといつも再認識させてくれる大好きな所。

エゾカンゾウの黄色とエゾスカシユリの橙色、はまなすの紅やエゾニュウの白がちりばめられてうつくしい。
今日は微風なうえ海も凪いでいる、そらは青空がひろがって穏やか。
日没のサロベツは大地に無数の花々、その先を日本海が北へ流れ、遠く利尻山、上空に月。
気温が一気に下がった。

往復600km
北海道もなかなか広い。


2018/06/15

6/15


レギュラー小樽撮影。
お〜、久しぶりにここへ再就職されたOさんと再会。

2018/06/14

6/14


6/14
昨日のmovデータからいいものの抽出。スチルはこれに加えデータを整える。
ある程度見えたところで、昨日預かったブツ撮りにも着手。

2018/06/13

6/13 cm&still



人物を3シーン、スチル&ムービー

午後9時、札幌へ戻り打ち合わせ一本。
なかなかこたえる忙しさ。

2018/06/12

6/12 千歳のち釧路


6/12
千歳のカフェ。レギュラーに加え、別件で人物撮影もさせていただくことになった。なのでいつより早い8時入り。
担当のOさんが東京から、レギュラー担当のSさんも現場入り。
シェフもやってきていつもより人の多く賑やかな現場になった。
撮影は結局夕方まで。
晩ご飯みたいのを食べ18時千歳出発。

順調に十勝まで走ってきたけど20時から本別から東が通行止め。
やはり20時には間に合わず、池田で降り一般道へ。
このルートだと若いころ走っていた道。結局釧路まで五時間かかるということに。やはり遠い。。。

2018/06/10

6/10 機材予約


来週のロケに向け、同時収録のシミュレーション。テスト撮影、ロケ準備。
やはり頼んでおこう、ニューカメラ。。。BMPCC。
もちろん今回のものにはなににもならないが、今回の撮影が購入資金に充てられるという言い訳を考えながら。

2018/06/08

6/8

手製本にカバーを追加。
そしてパッケージショップからジャストの収納袋をみつけてきた。
制作中の動画の編集もほぼok、youtubeへアップしてみた。


CM素材のご依頼をいただいたので、機材のスタンバイ。
そして動画機材としては最近更新した外部収録可能な4Kモニターの動作チェック、ワークフローのイメージトレーニング。

雨になった。
いい降りだ。
体調がぐったりしたあの時から数日経過して、最近は毎日撮影が続いていないので復調している。しかし週明けに中村記念病院へ行き血液検査したんだが、担当の先生が数値がきわめて高い!と嘆いている。そう、基準7までのところ、9.2とかになってしまっている。発作の出ていないのをふしぎがっていた。
クスリがきれて2週間くらいなるし、オーストラリア前後はビールばかりだったもんなぁ。。。
ここ3日禁酒。久しぶりに今晩はいいちこなどいただく。

2018/06/07

6/7

午前の水面はところにより無風で時折マスのライズが見られた。
まだ水温は上がりきってはいないようで、なぜか安心できた。
というのも、半月ほど前の支笏湖の水面に魚の気配がすごく久しぶりに釣りたい衝動にかられていたから。


2018/06/06

6/6

制作風景の動画編集を開始。

2018/06/05

6/5 ドライアイス店


機材は昨日のうち車へ積み込んであるので、9時には事務所を出ていつもの店へ。

いつもの堀畑商店は2−3ヶ月に一度お世話になっているドライアイス専門店。
店にはいると夫婦ともに立ち上がり、こちらのオーダーにおのおの役割がきまっていて旦那は保冷庫のようなところからブツを取り出し、奥様はやがて切り出されたブツを包む準備にとりかかる。
そのころ旦那は紙包みから小ぶりなのを取り出し電動鋸台へのせ、慎重に位置を確認している。
ここで手が空いている奥様へ代金を支払う。お釣りと手書き領収書を準備してくれる間に旦那は切り終わり、用意されている数枚重なった古新聞に1kgの商品をまきあげる。

均整に古新聞で巻かれた15センチ四方の包みが袋に入れられ差し出される。
「ありがとうございます」
店をあとにしようとした自分を先回りし奥様がさっと手を伸ばすとともに引き戸を開ける。もういちど「ありがとうございました」
店を出たわたしへひかえめに頭を下げた奥様の手が扉をゆっくりと閉めた。

いつもこんな感じのほぼ同じ動きで対応してくださることに、
かつて少しイレギュラーをもとめたりもしたが、いまはこれがいいんだとおもっている。
振り向くといつもの平屋の一軒家が交差点の風景になっていた。

ホテルの日本料理店10時着、調理長が現れほんじつの撮影がスタート。

2018/06/04

6/4 作品について

after the snowstormオリジナルプリントとハンドメイドブックを納品してきた。
1月のグループ展の時すでにこのお話はいただいていたのに、時はおよそ5ヶ月もすぎてしまった。まず気長に待ち続けてくれた依頼主へ感謝いたします。

ただの言い訳になるがワークフローも決まっていないし作品を販売するということもほぼ素人なのだ。わからないことだらけの中ひとつひとつ自分のなかで結論づけ、後に整合性がとれるよう配慮し、スタイルを決めていった。
この過程のなか出版社社長からいただいたプリントや製本への助言、東京・シドニーでの展示スタイルや、京都グラフィーでベルギーのギャラリストさんへのレビューも今回の最終決定の石杖になっていて、写真のみの展示がどうだったか、言葉と同時の展示はどうか。校正助言、スタイルの判断、そして手に取った人の反応。いろいろなことがブラッシュアップへつながってきた。

作品プリントサイズ
用紙サイズにおけるイメージサイズ
使用メディア
サイン
エディション
エディション管理方法
価格

作品本製本方法
和綴じ
綴じ紐の色
和紙の選択
透けへの対応
構成
サイン
エディション
エディション管理方法
価格


今回は額装も依頼されたので、札幌老舗の松山額縁店で相談。
いくつか提案していただいたもののなかから、白っぽい銀色の細いフレームに3ミリホワイトオーバーマットすることに決めた。
作品の白フチを出すか出さないか迷ったが、出さずにイメージのみに。

同一作品を2アイテム購入いただいたのはインターネット関連会社の起業者。
ありがとうございます。
社長室にて、額装したプリントと本を同時に並べたわけだけど、統一感が保たれなかなかいいというのは私感。作品はついに自分の手を離れたわけだから、後々まで彼に気に入っていただけるのがなにより望み。
助けられ、勇気づけられています、感謝しています。


夕方シドニーで出会ったフォトグラファーからメッセージが届く。
あの言葉を忘れていなかった。
なんてステキな人だ!

2018/05/28

5/28 定山渓


5/28
もう知り合ってながいmさんからのお仕事。
定山渓。
朝から昼までかけて客室や大浴場を撮影。
クライアント社長さまがお昼をごちそうしてくださる。
ありがとうございます!

2018/05/27

5/27 復調へ



午後、なんとか復調してきたから夕方前に事務所へ出てきた。
明日の撮影準備をはじめなくてはならない。

2018/05/26

5/26

起き上がれない。
昨夜背中の痛み、関節の痛み、そして頭痛。熱。
一晩うなされ、今朝もひどい状態だった。午前も寝ていたが改善なし。
昼過ぎに空腹で飲んだ鎮痛剤が効いたのか、夕方にかけて復調の気配となる。

思えばシドニーの前からずっと休みなしだったし、帰ってからも激務の状況であった。
体が悲鳴をあげていたんだろう。
うまい具合に撮影合間の体調不良。
よくできている。
丈夫な体に産んでくれた母や、自分の体に感謝しなくては。


2018/05/25

5/25


5/23
9時開始。
カット数ものすごいある。
みんな協力してくれるから助かるけど、俺も一人で現場くるのまずいかも。。。
それほどオーバーワークではないかと。
こうして時に思う。
暗くなるいころまでびっちり撮って、フレンチの夕食。
ワインも料理もうま〜。

5/24
朝、先ず昨日のパン関連の続きから。
今日も猛烈に沢山用意されている、沢山の品々。
売るモノがあって売る場所があるのというのは力を感じる。
すごい。

昼過ぎまで、なんだかんだ撮影すすめる。
ケルンでハンバーグステーキをごちそうになって解散。
なかなかへろへろにつかれてる。

5/25
昨日までの大沼いそぎ分のイメージから着手。

2018/05/22

5/22


5/22
私立高校さんのOG撮影と学内撮影を夕方まで。
その後、道南へ向け移動。
大沼21:30到着 中山越えて3.5時間なんだ。

2018/05/21

5/21 支笏湖


5/21
支笏湖に料理長達集結。
緊張感のなか料理撮影のセット。
今日はクリスマス。
そしておせち。

あさから夕方まで休みなしだし、緊張しっぱなしだし。
えらくつかれて支笏湖を後にした。

2018/05/19

5/19 ハチ公口からはエスカレーターがない

ハチ公口からはエスカレーターがない。
40キロの不安定な、荷物をもって階段を登ることは不可能に思えたが、最初一段ずつゆっくりと。しかし押し寄せる人の波が容赦ない。そんな中ひとりの若いビジネスマンがお手伝いしましょうかと二度声をかけてくれた。涙が出るほどありがたい。なんのプライドからかお断りしてしまったがもしやそういう態度は相手に失礼だったのかもしれないといま反省している。

さて、例の荷物を抱え九段下のホテルを出て、渋谷でのエキシビションを観、羽田までの移動は想像を越えた過酷さ。なかなかいい経験になった。大荷物で日中の移動はこたえたなぁ。

新千歳からは自家用車。
車のありがたみを改めて感じたしだい。。



2018/05/18

5/18 九段下

ホテルにタクシー呼んでもらい、初めての現場に入る。
クライアントさんの会社内ショウルームを使わせていただく。

30-40分でセット完了し撮影開始。


撮影を終え、窓の景色をみさせていただく。
堀を見下ろす素晴らしい景色のオフィスだなぁ。春は桜が素晴らしいとのこと。

2018/05/17

5/17 オーバーチャージ

昨日のイメージをweb納品小樽でレギュラーの撮影。そしてそれから新千歳。
40kgほどの荷物も持ち東京へ移動する。
さすがに今回の荷物はオーバーチャージ。

九段下にへ23時半頃ついた。
そこから夜中商品を受け取れる秋葉原ヨドバシへ。
ロールペーパーを無事ゲットし帰りの電車に乗ったら最終とかなんとか言っている。
危なかった〜、間に合わないとこだった。

移動だけで疲れすぎて流のはどうかと思うが、明日は8時半から。
頑張らなくちゃ。



2018/05/12

5/12


5/12
オーストラリアやシドニーっていつも天気がいいんだっておもっていたが、ついにというか雨になった。秋へ向かっている証拠にグンと気温もさがって。
昨日約束させてもらった。
早起きし、持参した手製本の確認とサイン、エディションを記す。
それを列車に乗ってマーリックビルまで届けにやってきた。
スクラッチアートギャラリーのオーナーさんとアンディの奥様はすでに待っていたくださった。笑顔で出迎えてくれる。そして本を手に取り、goodと。
usdと audとのレートをしっかりあわせ代金を手渡してくれた。
ありがとうございます!

それからウーバーに乗り向かったさきはお友達の家。ランチへ招いていただいた。すてきなシドニーの家庭の暖炉の前で炎と寝そべる猫をみながらお茶やおしゃべりを楽しんだ。

時間はあっという間。
次の約束、コンタクトシートでhamish.cさんと会うことになっているがどうも時間に間に合わない。メッセージをつかってやりとりし、なんとか再会できた。かれはお父さまも連れてきてくれた。うれしい。そしてまたお互いが日本へもどってからということで一つ話をしてくださった。ありがとう。
ギャラリー最終日、自分はプリントを撤収。
日本からの参加者みんなが集まり、なんだか名残惜しいけどこれでひとまず区切りとなる。すっごくおつかれさまでした。

2018/05/11

closing party, may 11


午前は "AOGASHIMA" を観るためアートサイトギャラリーへ。
hamishさんのドキュメンタリーにぐっとくる。
正方形のフォーマットで捉えたポートレイトにつづいて、厳しい自然環境の島の様子が紹介されている。控えめなサイズのポートレートにくらべプリントサイズは大きく迫力を増した。
FBベースプリント、いいな。
本人も数日前に話していたプロモーション動画をキャラリーのオーナーさんにももちろん勧められ会場でみせていただいた。
プロジェクトの重要さがうまく表現されている展覧会だなって。
勉強になった。

帰り際オーナーさんが、観覧理由など質問されたので作家さんから直接聞いたことや自分も Head on 参加作家であることも説明させていただいた。

慌てて駅へ戻り、
13時半に約束したwill am street barberへ駆け込む。
昨日予約した床屋。
ここで、2ー3ミリに刈りそろえてもらう。ひげも。
話を聞くとこの場所は数年だが、床屋歴は長くおやじさんはこの道40年の超ベテラン。
細部へもうまく手をいれてくれた。さすが。
そして20aud。低コストであることがさらにうれしい。

シドニーへ来てから毎日忙しくはしりまわっている。
今日これからクロージングパーティー。
夕方の会場には徐々にお客様が集まりだした。
ギャラリーの一角にはワイングラスが並べられ、キャンドルがともるいい雰囲気も演出されている。
人々がおもいおもい作家と話をしたり。
自分も、プリントに興味をもってくれたひとには直ぐに本も見て貰い解説するということをした。
今回のキーマンであるエマニュエルも来てくれた。うれしい!
数日まえから友であるロバートも来てくれた、感謝!
結果、持参した手製本がシドニーに残ることになったのは、なんとも言えないうれしさを感じる。


シドニーの恵比須バーという名の居酒屋で日本式打ち上げ!
ジャグで出てきたビールを前に。

2018/05/10

5/10 off



マンリーへ。
結局まだイカには出会えていないから、web情報をあてにフェリーに乗ってやってきた。
サンドイッチとボトルコーヒーを用意、海岸公園でのんびりという感じ。
まぁアタリなどない。
しかし、足もとのきれいな海を見下ろしていると見覚えのあるシルエット。一瞬ピンとこなかったけどこれペンギン。
続いては巨大エイ、マンタ。
こんなのが足もとを泳いで行くんだから、シドニーの海ってすごいよ。
その後、コウイカ4、タコ1ヒット!
タコは水から上げられなかったけど。なかなか充実の内容に満足。
夕暮れ近く、風もでてきて納竿。
シドニー独特の音程がさがってゆくからすの鳴き声も録れた。
ペリカンもみた。
帰りのフェリーでは、夜だけバーになっててジンジャービアーを一杯やれた。
今日は写真を休んで釣りというか休日のような日、
こういうのなかなかよかった。

2018/05/08

5/8 シーマーケット



牡蠣を食べにシーマーケット10時。
オイスターマイスターとともに市場内へ潜入し目を光らせる。
というか、新鮮な魚貝がそれはそれは美しく並べられ、見ていてたのしい。
牡蠣は基本1ダース12で販売していて、ハーフも対応してくれる。ロックオイスター、シドニーオイスターを基本にいろいろな産地サイズのものがここにあつまっている。

一通り食べ歩き、やはり飲もうかということに。
マーケット内の酒屋でおすすめシャンパンを購入。
建物を出た屋外テントベンチで牡蠣、シャンパン、寿司。
昼前からだけどいいよね。

2018/05/07

5/7



あさはボンダイをあるきカフェでバーガーランチにした。

あぱーとからの移動はバスが便利。

夜の住宅街は、少し怖いが、怖そうな人もいまのところ遭遇していないのがシドニー。
この先でオープニングトークがあるのでうかがった。
プライベートスクールとそこが運営するすばらく豪華なギャラリーだ。
ここでシエラさんほか二名の迫力ある展示に遭遇。
とくに彼女の壁面をレッドとしメッセージを活かした展示と、作品にまつわる品々のコレクションは目を惹いた。
ワインをいただきながら閉会時間までじっくり作品をたのしみ、ハグして彼女と別れた。

ちなにみ日本人の自分は女性とのハグは二度目である。。




2018/05/06

Noriko&Kumiko's Exhibit 6 May



暗いうちから行動開始、昨夜見て来たwoolloomoolooの桟橋に入る。
しかし、あたりはない。手釣りの二人組はコンスタントに魚を掛けその度ごとこちらに笑顔を見せる。微妙なプレッシャーも感じるし明るくなってきたから早々に切り上げる。
見上げると抜けるような青空、乾いた空気、今日も始まった。
人気のない早朝の住宅街を10分ほどあるいてアパートメントへもどる途中、けたたましい鳴き声に樹上をみるとでっかくて白くて黄色の飾り羽根の鳥がとまっている、オオム!

サウスヘッドへ。アパートメントからすぐのバス325に乗ってワトソンズベイ。ギャップブラフを少しだけ歩くと、フェリーターミナルの内海とはまるで違う表情、断崖が外洋の波を受け止めていた。こちらにきてからはじめて目にする大海原、青くひろい。反対に湾内をみると穏やかな海ごしにシドニーの街が広がり、空には月が浮かんでいた。

ここからフェリーに乗ればサーキュラーキーあたりへ戻れる。飛び乗った船は南側北側あわせて5ほどの停留所に寄り目的地darling harbourまで50分ほどのんびりした船の移動。ここからbooks紀伊国屋は歩いてすぐ、Takasugi-sanの展示がここで行われる。その展示作業のお手伝いにやってきたわけ。ena-san,taniguchi-sanにわれわれが加わって素早くすすめていった。半ば作業がすすんだころemmanuel-sanも来場。展示へのアドバイスや写真を撮ってくれた。

今日これからマーリックビル、夕方行われるMIKOさんのオープニング。
town hallからT4に乗りSydenham station、ここから400mほどにあるSCRATCH ART GALLARY。
YOKOSUKA BLUE

2018/05/05

Contact Sheet Gallery / 5 May



パディントンマーケットにてハンドメイドのステキな銀と銅を使った鉄製品をみつけた。ハズバンドが作っているの!ってにこやかな笑顔で対応してくれるおくさまが可愛らしい。

午後、谷口氏と時間を合わせコンタクトシートギァラリーへ。しかし。。彼はまだ来ていない。
ギャラリーにはポールマクドナルドがまっていた。自然に英語で挨拶から写真の話しになり、展示スタイルの説明をうける。自分も持参した手製本を取り出し、プリントとの関連性と作品が三十点で完成していることを伝えた。本の価格とプリントの価格を尋ねられた。これは想定されていたので即答できたが、すこし経験値が足りなかったと反省点ものこる。。
いずれにしても、今回のキュレーターにいっぱつで会えたのはついているし、初対面だし、英会話。俺もなかなか頑張ってると思う。。

その後、谷口氏、矢内氏も到着され、ポールとともに写真の話は続いた。
シドニー紀伊國屋で展示される高杉さんも来てくださり、ありがたい。
ポールマクドナルドは誕生日会があるとかなんとか言っているので、ジャパンチームで遅い昼ごはんというか夕食ということになりハーバービューレストランにてクラフトビールで乾杯ということにした。

サーキュラーキーオペラハウス下で初会食。
暮れゆく空のした、シドニー湾の風にあたりハーバーブリッジを見ながらビーフ、トラウト、カキ、そしてクラフトビール!
今日は特に気分がいい。
ここにいるみんなの展示がうまくゆき、そして楽しめますように!

ここから4人で歩き、ロイヤル植物園で行われているhead on展示を観覧、ウールームールーベイでイカ釣り場をロケハンしたり人気店のパイをかってそれぞれの宿やアパートへもどった。

2018/05/04

Head On Photo Festival Openning, 4 May



















海を見に行く。街歩きは街を知る第一歩だが一番の目的は釣り場のロケハンでもある。
いくつか曲がり坂を下るとちいさな入り江がヨットハーバーになっている。うつくしくバブリーなリゾート、そんな第一印象。
海軍エリア〜老舗ホテルとアパートが建つ桟橋、植物園、オペラハウスまで歩く。海沿いのレストランでかぜにあたりながらオープンサンドとローカルビール!
こんな感じがシドニーなのか。

暮れてきたころパディントンという地区へ向かう。
アート制作発信 UNSW Art&Design の建物が囲む空間がHead On Photo Festival オープニング会場になっている。もう人が多くざわざわしていて多くのグループができている。挨拶を交わす人、ワインの列に並ぶ人。ドリンクや食べ物のテントがならぶ右側、そして左手では作家のボディーペイントライブ!

六甲チームのみんなとはここで久しぶりの再会。
最初に同郷北海道から参加の谷口氏。続いて矢内さん、高杉さん。シエラさんエマニュエルアンジェリカスさんとも再会! そしてこの場所では挨拶ができなかったKUMIKOさんは会場入りしていることはFBにて確認できた!
皆無事に北半球から南半球へ地球の回転を無視したタテ移動をしてオープニングへやってきたんだ。

会場後方の階段エリアに並んだ。
寒さの感じる気温に対し会場は熱気とともにスピーチが始まる、ヘッドオンフォトフェスティバルがローンチした!!



2018/05/03

to Sydny, 3 May















アパートメントを片付け、コンビニ兼スタンドにて給油を終え空港へ向かいレンタカー返却。問題なかった場合デポジット返金は10日程度必要と言う。

今朝カタジュタ往復100kmを走り4daysはあっという間だった。

ayers rock connellan空港は日本人でごった返していた。リゾート内ではそれほど見かけなかったし、uluruを一周歩いてすれ違ったのは欧米人のみ。なのにこれほど日本人が多いのに改めて驚く。みんなどこにいたんだろう。。

そんな日本人でびっしり埋まったjetstarでシドニーへ戻る。
自分のこの先はとても不安だったけど、みんなたのしくオーストラリアを満喫するんだろう。。。

数日前はインターナショナルターミナルからドメステッックターミナルまでバス移動しただけなので実質初シドニー。
空港駅でOpalへ60ドルチャージし宿を探す。


まったく土地勘なしだが、googlemapが確実にキングスクロスへ導いてくれる。とは言え慣れない土地故、ただのプラットホーム移動を別な乗り物かと勘違いし駅を出てしまったり。。

フロントのあるアパートメントは話しがはやい。もちろん俺の苦手な英語でのやりとりなんだが、電話より数倍やさしい。エアーズロックでのレンタカーは事前に電話するような仕組みになっていてその時の通話がとても難しかったから。

キングスクロス駅から数分でチェックインできたアナムサービスドアパートメントの42号室はよく清掃され清潔感あり広い。ここに10日間お世話になる。
今後の食料確保が先決、来た道にあったスーパーが今後の食料基地になることを確信し
あれこれカゴに入れ5Lの水を抱えて帰った。
アルコールはスーパーにはないらしいく酒店の営業時間が短いことを知りがっかり。しだけど代わりに買ったジンジャービールを厚切りラム肉とともに。生姜の刺激強く心地よい。酒も肉も美味いね!

2018/05/02

Uluru~ curtin springs ~ kings canyon, 2 May


今回の赤い大地へのロケはH4D-50に3つのレンズにハンディフラッシュをセットして持参。
Jetstarへの機内の持ち込み手荷物重量を越えた8.5キロくらい。macbookair、カメラやフラッシュリチウムバッテリーだなんだかんだでこれでもすごく少なくなっている、7kgに抑えるのは至難の業だよとぶつぶついいながらなんとかクリアしてここまで運んできた。
国立公園の入場券は3日有効、夕方から24時間×3日分なので滞在4日目の最終日ギリギリまで使える。

4/29 
周辺ロケハン。サンセット&uluru、赤の大地、砂漠と樹、砂と植物、フルムーンをキャプチャー。

5/1 
サンライズ前から撮影開始、今日も空は青一色。
昼から夕方にかけ。三脚カメラレンズそして水で9kgほどになった荷物と容赦なく照りつける陽射しが体力を奪う。
徒歩でUluru一周開始。
登山口で登る人々を横目にその地点からト歩き始め、ほどなく目的の一つ壁画がすぐに目の前にあらわれた。
この先は撮影禁止になるので、このあたり三脚につけたり外したり、

正直前半から辛かった。ぐるりまわりこんでひかげに入ったところでほつとした。今が秋へ向かう気候だったことにも救われた。
4時間。
サンセットはほどほどにエミューウォークアパートメントへ戻りリゾート内唯一のスーパーで買ったぶ厚いステーキを焼く、そいつにパスタと野菜を添えて。
バーからテイクアウェイしたビールと赤ワインは欠かせない。
からっからの大地で干上がった体にアルコールが効く。

5/2 
ボトルに詰めたコーヒー、フルーツとサンドウィッチを用意しユラーラからずいぶん遠いキングスキャニオンへ。今回のレンタカーを距離制限無しで借りた理由はこれ。

 curtin springs
リゾートを出て最初の小さくかわいいオアシス。ここは、お願いすると給油ポンプの南京錠を開けてくれるというシステム。解錠して会計案内してくれた娘がすごくキュート! 道中他に給油ポイントがないと大変なことになるのでここで満タンに。
支払いの為に建物に入ると赤い砂、塩湖の塩、草、牛の糞どれもからっからになっていてパックされている。これがカーティンスプリングスの土産と言うことらしい。
素朴で、土地柄が出ていてとてもいいアイテム。日差しを遮られた室内が涼しく快適だし、別棟のカフェ、外のかわいい鳥小屋、公衆電話やトイレ、シャワーもあって雰囲気満点。奥にはキャンプ場もあるらしい。いいところだ。

Grid, Creek
片道300km。途中一度だけ道を折れ二本のハイウェイしか走らない。
大陸というものを語る走行距離ではないのだけど、広さに感動する。
ところどころにある不思議なものと言ったら道路に設置された鉄のスリットGrid。水も橋もなくただ道路が横切っているくぼみはCreek。
今回借りた三菱ランサーがいい走りをするからロングドライブも問題無くハイウェイを走った。

kings canyon
5kmのコース。
一気に登るさいがもっとも辛い道だった、おそらく高度差150m。山の上まで行くとエマージェンシーポイントがあって無線とヘリポートが設置されている。
ここまで来てもうダメと言う人もいるのだろう。
夏の暑さを想像できないが、ここもやはり秋に向かう頃で本当に
よかった。途中断崖に近づいたりしながら岩の上を歩くなかなか危険なところ。
日本なら柵が張り巡らされていそうなところだが、危険だから近づくなっていうサインのみ。自己責任と言うことなんだ。
壮大な断崖が連なる。侵食の力というのはすごい。
およそ3時間のキャニオンウォークを終えたら、もうヘロヘロ。
陽射しと岩歩きの疲れはゴールの屋根付き休憩所で待っていた野鳥が癒してくれた。

kings creek station
ここで自分への糖分補給と車への給油を。コカコーラがうまい。汗をかき運動し熱く火照った全身にしみわたる。リゾートからここまでの行程300キロに二つしか給付ポイントはない。見つけたらまずは給油というのがアウトバックを走る上で鉄則とのことなので、もちろんランサーへも補給。

mount conner , solt lake
西日になって来た。
今日最後の陽射しが道路を挟んで北側の塩湖と南側マウントコナーを照らす。
ウルルやカタジュタに負けない壮大さを見せる山。あれもどうやら石らしいから不思議だ。そして足元の赤い砂はさらっさら。
ルックアウトのパーキングには一台の車が。彼らはここで今日泊まるのだろうか。。
4号線からMuluga Park Roadに入ってみる。
最高速度110の赤土未舗装ハイウェイ。ここを数キロ走り、コナーに少しだけ近づいてみた。砂煙を巻き上げ、アウトバックの気分を少しだけ体験。
自分らの今日の旅もそろそろ終わり、リゾートまで100kmほど。
もうあたりは暗くなって来た。







2018/05/01

5/1 Uluru


2018/04/29

4/29 Thayair BKK Tranjit SYD

新千歳の搭乗手続き時にVISAは持っているか。持っているなら見せてと言われた。
慎重なチェツクをするのは、VISAを持っていない客の入国は認められずその場合乗せてきた航空会社に客を返す義務が発生すると言う噂に現実味を感じる。

千歳に立派な国際線ターミナルができてから出国は初。
客も少なくコンパクトなのがいい。
一便目でバンコク、乗り継ぎ二便目で遅れなくオーストラリア着。

Yes Optus 国内通話付きプランsimを購入、40ドル。
これで半月滞在の通信手段は確保。
simショップでは接続方法の質問に対して、店員さんが設定までしてくれた。
優しい。
ドメスティックターミナルへの移動に無料のバスがあった。ネットで情報が見つからなかったが、Opasを購入しようと訪ねたコンビニのお姉さんが親切に教えてくれた。
みんな優しいし、Have a good day!  など声かけてくれる。

ドメスティックターミナルではjetstarの長〜い行列に並び、保安検査を通過したところで爆発物の任意検査を受けろと言う指示、焦る。
そして難関、レンタカーショップへ電話して搭乗便を知らせなくてはならない。。
もちろん英語で。
最初に電話に出た女性は俺の言葉にちんぷんかんぷん。お互い様だわ。
そしたら男性にチェンジし彼は俺の言うことを理解しようとしてくれる姿勢に意味が伝わった模様。ヨカッタァ。もうすぐつくよ。いい旅を!みたいな感じ。

シドニーを出て飛行機の窓から見える景色はなにもない大地にまもなく変わった。
その後赤い大地はひたすらつづき、時々真っ白い巨大な湖のような広がりがみえる。
塩湖か。
三時間のフライト、ここがYulala。
さらさらの赤い砂に囲まれた小さな平屋建ての空港ビル。
昨日の昼前に日本を出て、翌日の昼すぎuluruはすぐそこ。
Thriftyで日本のランサーをレンタル、旅は始まった。






2018/04/03

4/3 Raiec東京2018

明日から東京での作品グループ展参加。

http://rokkophotofestival.com/raiec_tokyo/

2018/03/01

3/1 シシリー

今日は歩きます。
そう宣告あってはじまったパレルモ散策は専門店と市場めぐりを主に。

ホテルからほど近いスィーツ店は風格を感じた。こちらのおみせはどこもサービスの人皆かんじいいから好感がもてる。


2018/01/08

1/6、1/8 サンカクヤマ

冬の三角山。
正月はなかなかゴロゴロしてしまったので、
二連続で冬の三角山に初挑戦。
1日目は夕暮近くの降雪の中。
二日目は早朝。朝の時間帯にもかかわらず気温高めで汗すごい。
防寒しすぎも問題なんだなぁ。

初日の雪の美しさは二度目に歩いて気づく。
やはり振り立ての雪は美しかったのだ。。。
気づいたときにはもう遅い。